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うおおアンサンブル

三国志11PK動画「呂玲綺で英雄集結いってみよう」別館

陳宮

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「今日之に降るは、卵を石に投ずが若し」

――袁曄「献帝春秋」より




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特技:掎角

一斉攻撃時、50%の確率で混乱させる



陳宮の顔

三国志を舞台にした様々な作品に様々な外見で登場する陳宮。最近では無双7猛将伝における阪神タイガース鳥谷敬そっくりな顔立ちがインパクト大ですね。
さてこの11においてはどうかと言うと、深い知性と同時にどこか人間的な弱さも感じさせるような、非常に「深い」面立ちのグラフィックを与えられています。
曹操に仕えるも途中で背いて呂布の元に奔り、参謀として呂布にしばしば献策するも中々用いられず、遂には刑死する――という彼の複雑な生き様を踏まえたものなのでしょうか。

呂伯奢事件における陳宮曹操

演義」において彼は、危機に陥った曹操を救い、そして呂伯奢殺害事件を通して曹操の身勝手さ、言い換えれば「乱世の姦雄」ぶりを目の当たりにするという重要な役割を与えられています。

この呂伯奢殺害にまつわる「演義」のエピソードは、曹操を貶めるための悪意ある演出であると指弾されがちですが、見方を変えて掘り下げていくと、曹操陳宮の間にある微妙な繋がりを浮かび上がらせるための仕掛けとして機能してもいます。

董卓から逃亡している最中のこと。曹操は自分を捕らえて差し出すのではと疑い、世話になった呂伯奢やその家族を殺します。実に冷酷でエゴイスティックな、ほとんどサイコパス的なパーソナリティを持っているかのように見えますが、その割に殺害したことや殺害の意図をぺらぺらと陳宮に喋っています。
「寧ろ我天下の人に負(そむ)くとも,天下の人我に負くこと休かれ」という演義屈指の名台詞*1もこの時のものですが、本当にそんな台詞通りの人間であれば、陳宮に本心を吐露することはないでしょう。理由を付けて自己を正当化し、陳宮を背かぬよう手駒として操り続けたはずです。
これはすなわち、冷徹になりきれない曹操の甘さともいえ、また陳宮のように信頼した相手には隠し事をせず全てを話してしまう、曹操の人間味の表れとも取れます。
あるいはこのシーンは、姦雄が姦雄なりの誠意を見せていた場面であるとも解釈できるのではないでしょうか。

陳宮もこの時、曹操に対して複雑な思いを抱きます。

呂伯奢殺害後、曹操は眠りました。自分の目の前で眠る曹操の命を奪おうとする陳宮ですが、遂に果たせませんでした。
日本における三国志受容のデファクトスタンダードを築いた吉川英治が、その時の葛藤をシンプルかつ鮮やかに描きだしています。

――それに、今のような乱世に、こういう一種の姦雄を地に生れさせたのも、天に意あってのことかも知れない。この人の天寿を、寝ている間に奪うことは、かえって天の意に反くかも知れない。

吉川英治三国志 群星の巻」


ここから分かるのは、曹操陳宮という一人の人間に対して愛着を抱いている一方、陳宮曹操という一個の存在に圧倒されているということです。互いが互いを高く評価しているにもかかわらず、その軸には明らかなズレが見えます。

両者のすれ違いは、やがて悲劇的な結末を迎え、三国志演義という物語に一つの彩りを加えることになっていきます。

陳宮曹操の別れ

時は流れ、敵味方に分かれた陳宮曹操陳宮渾身の掎角の計(ゲームの特技にも反映されていますね)は主の呂布に容れられることなく一敗地に塗れ、ついに囚われ曹操の前に引き出されます。

まずはネタ元である歴史書を見てみましょう。
捕虜となった陳宮曹操は言葉をかけるわけですが、魏書の呂布伝には「平生自ら智餘(あま)り有りと謂ふに、今の竟は如何」とあります。「自分は智謀溢れるといつも嘯いていたのに、この状況はどういうことだ?」というくらいの意味でしょうが、後漢書呂布伝だと「今の意は如何」となっていいます。「ねえねえ、今どういう気持ち?」とのことでしょうか。強烈ですね。

これだけだと嫌味な姦雄ですが、その一方で陳宮の老母や妻子のことに触れて「どうするのか?」と訊ねています。*2
解釈は色々とできましょうが、少なくとも嫌味の類ではないと思います。陳宮の情に訴えかけて生への執着を呼び起こそうとしたのか、あるいは陳宮が保護を頼みやすくなるようにあえて訊ねたのか。

それに対する陳宮の答えは、魏書と後漢書で異同があります。
魏書の呂布伝に引く典略には「わたしは聞いたことがある。孝で天下を治める者は人の親を殺したりはせず、世の中に仁を施す者は人の祀りを窮乏させることはないと」*3と書かれていて、後漢書呂布伝では「わたしは聞いたことがある。覇王たる君主は人の祀りを絶つことはないと」*4と書かれています。魏書では孝や仁という儒学の倫理観を、後漢書では故事*5をそれぞれ引いているわけですね。
史料価値としては三国志の方が上でしょうし、演義や吉川三国志もそれに基づいていますが、いずれも彼の教養の深さを窺わせます。
冒頭に引用した「卵を石に投ず」という言葉は、曹操に降参しようとした呂布に対してぶつけた諫言ですが、これも荀子に由来する表現だったりしますしね。*6
「以卵投石」という四字熟語として今でも残っている言葉であり、「身の程知らずなことをする」「無駄だと分かっていることをわざわざする」くらいの意味だそうです。この場合は後者かな。

いずれにせよ、陳宮は降参を頑として拒み、遂に刑場の露と消えます。
魏書呂布伝は
「太祖泣きて之を送り,宮還顧せず」
と淡々と記しますが、
演義
「操身を起こし泣きて之を送る。宮並びに回顧せず」
と、僅かなスパイスを加えてシーンを劇的に演出します。
立ち上がり涙を流す曹操。決して振り返らない陳宮。とても絵になる光景ですね。
何でもかんでも曹操を悪役にして済ませているという印象を受けがちな演義ですが、改めて比較してみると必ずしも一面的な描き方をしているばかりではないことがよく分かります。

陳宮の刑死後、曹操陳宮の家族を保護します。勿論演義においても、「公台の老母妻子を許都に送って面倒をみてやれ。怠慢があれば斬る」*7と彼が命じる姿がしっかり描写されています。響くものがある言葉ですね。

ステータスについて

ゲームにおける彼の知力は89。初期の武将で言うと程昱や沮授(90)より下で、呂蒙と並んでおり、蒯良や張松(88)より上です。 曹操(91)とも2しか変わりませんし、そう悪い評価ではないと思うのですが、90に乗っていないせいかなんだか妙に低く感じてしまいます。スーパーのセール品が98円なのと本質的には同じなのでしょうが。




自分が持っているのはこのバージョンです。
吉川英治著作権は切れたので、青空文庫でも読めますね。→序章へのリンク


*1:元ネタは魏書曹操伝に引く孫盛『雑記』

*2:魏書呂布伝に引く典略に、『太祖曰く「卿是の如し,卿の老母はいかんせん?」』『太祖曰く「卿の妻子はいかんせん?」』とあります

*3:「宮聞く、孝で天下を治める者は人の親を絶たず、四海に仁政を施す者は人の祀りを乏せずと」

*4:「宮聞く、覇王の主は人の祀りを絶たずと」

*5:後漢書の註に左伝の「斉の桓公、三亡國を存す」というくだりが補足されています。

*6:「之を譬うるに、卵を以て石に投じ、指を以て沸を撓するが若し」 荀子・議兵篇より

*7:「即ち公台の老母妻子を送りて許都に回し老を養うべし。怠慢する者は斬る」 三国志演義・第十九回より

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